健康的な歯根と骨の間には歯根膜が介在していますが、何らかの原因により直接歯と骨がくっついてしまう状態(骨性癒着)になると歯は動けなくなってしまいます。今回は矯正治療を開始された方で、歯が全く動かない患者様がまれにいらっしゃり、なぜそのようなことが起こるのかをご説明していきます。
■ 歯が動く仕組み
最初に歯が動く仕組みについては、「矯正治療で歯が動く仕組み(矯正治療中の話)」のコラムで書かせていただいていますが、再度簡単にご説明します。
歯が動く仕組みで重要になるのが、歯根膜と歯槽骨です。歯根膜は繊維組織でできており、噛んだ時の力を分散させるクッションの働きをしています。この歯根膜には毛細血管や神経が通っており、歯に栄養を補給していたり、神経によって噛んだ時の感覚を脳に伝達したりしています。
歯根膜の繊維は一定の幅を維持しようとします。一般的には0.25㎜と言われています。歯が図の①のように力が加わると、左側の歯根膜の繊維組織は圧迫され、右側の歯根膜の繊維組織は引っ張られます。そうすると、青の部位では歯根膜の毛細血管から骨を吸収する破骨細胞が出現し、骨吸収がおこり、緑の部位では毛細血管から骨芽細胞が出現し骨の添加がおこります。そのため、歯根膜は一定の幅を保つことができます。
骨が作り替えられること(骨のリモデリング)を利用して矯正治療は歯を動かしていきます。
■ 歯が動かない理由
歯が動くためには歯根が健康な歯根膜に覆われていることが重要であることはご理解いただけたかと思います。歯根膜が何らかの理由により消失した場合、歯根と歯槽骨は直接くっついてしまいます。そのことを骨性癒着(アンキローシス)といいます。骨性癒着の状況になると、本来歯根膜から出てくる破骨細胞や骨芽細胞などが出現しなくなり、骨のリモデリングが起きなくなり、結果的にワイヤー矯正やインビザラインなどのマウスピース矯正による矯正歯科治療を行っても骨性癒着している歯は動かず、周りの歯が骨性癒着の歯にひっぱられてしまい歪んだ状態になります。
■ 骨性癒着の原因
骨性癒着の原因としては、突発性の原因不明の場合を除いて、主な要因は外傷です。事故や転んで歯が脱落や埋入(埋もれてしまうこと)など、歯が重度の外傷を受けた場合、歯根膜の外傷が原因で骨性癒着が起こることがあります。歯槽骨と歯根の直接的な結合がおこり、歯根の進行性の吸収が起こることもあります。
■ 骨性癒着の対応
一般的には骨性癒着している歯は動かないので抜歯し、その後インプラントなどの補綴処置を行うことになります。ほかの治療方針として、癒着している部位に脱臼処置(癒着している歯根を亜脱臼させ、骨からはがす処置)を行うことができれば、残りの歯根膜は健全であるため動かすことができる可能性があります。また、コルチコトミー手術(歯槽骨皮質骨切除術。歯槽骨に切り込みを入れる手術)や骨延長術などの外科手術を行うこともあります。しかし、手術を受けても、十分な歯の移動が期待できない場合や、再度骨性癒着する可能性や歯が脱落してしまう可能性があります。そのため、骨性癒着が発覚した場合には、矯正歯科医が治療計画を再度検討する必要があります。
■ 骨性癒着の判断
骨性癒着を事前に判断することは困難です。
判断基準として、歯を叩く(打診する)と、金属のような硬く澄んだ音がします。また、正常な歯はピンセットなどで揺すると、わずかに動きます。しかし、骨性癒着を起こしている歯はまったく動きません。しかし、こうした検査やレントゲン撮影、CTスキャンなどでも100%骨性癒着を矯正治療前に発見することは困難です。
■ 歯が動かない骨性癒着以外の原因
骨性癒着でない歯でも歯が動かない場合や、動きにくい歯があります。
■ 咬合力が強い方(歯が動かない骨性癒着以外の原因)
骨性癒着でない歯でも歯が動かない場合や、動きにくい歯があります。
歯の動くスピードは患者さまの骨の硬さや歯の部位によっても関係します。噛む力が強い方の下の奥歯は特に動きにくいです。噛む力が強い方は骨が丈夫であり硬く、上顎よりも下顎の骨の方が硬いです。そのため、硬い骨の中を奥歯の歯根は太くて長いので移動させるのに時間がかかる場合があります。
■ 歯槽骨が狭窄している部位(歯が動かない骨性癒着以外の原因)
歯を抜歯されて長期間そのまま放置している場合、抜歯された部位の骨が狭くなります。歯槽骨の外側には硬い皮質骨があり、狭窄している部位には皮質骨が入り込んでます。硬い皮質骨の部位は歯が動きにくくなります。また、この場合強い力をかけて動かしてしまうと、歯槽骨から歯根がでてしまい、歯肉退縮がおこり歯根がでてしまったり、歯根が吸収してしまったりと長期的な予後が悪くなる可能性があります。
■ 舌癖がある方(歯が動かない骨性癒着以外の原因)
前歯を後ろに下げるために抜歯して矯正治療をされている方で、前歯を下げている段階で舌癖があるとなかなか前歯は下がりません。ワイヤーやゴムなどもしくはマウスピースなどで前歯を後ろに下げようと力をかけていても、その力に反対するように舌が歯を前に押してしまうためです。そのため舌癖がある方は矯正治療期間が長くなる可能性があるので、早めに舌のトレーニングを併用されるのをおススメします。
最後までご覧いただきありがとうございました。